Photo by Akemi Katsuno (Love the Life)
02. 北摂の作品群

河上:野井さんは北摂(大阪府北部から兵庫県の一部にかけての地域名)でたくさんのデザインをなさっていて、茨木インターチェンジ(名神高速道路)のすぐ横にあった「ルートロック」(1987/*01)という輸入車のショールームもそのひとつです(下の写真左2枚)。これは建物も野井さんのデザインですね。

野井:南面が総ガラスになっていて、真夏になるとすごく暑かったんですね。それで上の方に水道管を通して、穴をあけて、ガラス面に水が落ちるようにしたんです。多少は温度が下がったんですけど、それでも全然足りなくて、さらに扇風機を4ヶ所くらいに付けました。

河上:僕が最初にこれを見たのは10代の後半やったと思います。ポルシェとか、ランボルギーニもありましたね。しょっちゅう見に行ってました。その頃ビリヤードがめちゃめちゃ流行ってて、この2階はプールバーだったんですが、そこにもよく遊びに行きました。

野井:歩くと床が少し振動したでしょ。構造がビリヤード向きじゃなかったんですよ。人が動くと玉も動くんです。
(会場笑)

橋本:建築を専門でやってるとこういうことはなかなか出来ないですね。暑いっていうのはまず避けますから。

河上:灼けそうですね。

野井:ここで働いてる人はみんなわりと顔が黒かったです。
(会場笑)


Photo by Seiryo Yamada

河上:今日は他にも北摂にあった野井さんの作品をいろいろと見てみたいと思います。「風曜日」(1995/*02)もそうですね(上の写真右)。

野井:「風曜日」の名前は店のオーナーが考えられて、それを聞いて僕が思い出したのが、昔よく飛ばしたゴム動力のプロペラ飛行機だったんです。その紙張りの羽根のイメージをそのままインテリアに使ったらどうかな、と思って。

河上:この羽根というか、アーチには和紙が張ってあるんですよね。フレームは何でしょう。

野井:竹ですね。これだけのサイズのアーチはそのままでは現場には入らないんで、部材をバラして搬入して、現場で組んで、ひごを横に渡して支えたんですね。それから和紙を張って、最後に霧を吹いてます。

河上:現場で張ったんですか。

野井:そのわりには綺麗にできたかな、と思います。

河上:JR茨木駅の向こう側の春日丘高校のすぐ横にありましたね。何度かランチを食べた憶えがあります。

野井:昼間は喫茶店で、夜にお酒を出してはりました。橋本さんの近所ですね。

橋本:アトリエのすぐ近くです。ここのオーナーは野井さんの古くからのお知り合いでしたね。

野井:「杏舎」(完成年不明/*03)のオーナーのご家族なんです。

河上:「杏舎」については残念ながら資料が無いんですが、こちらも野井さんがデザインされたカフェ&バーです。やはりJR茨木駅の向こう側にありまして、実は僕が建築学生だった頃に5年間くらいアルバイトをした店なんですね。野井さんのことはその頃は存じ上げなかったんですが、オーナーから、有名なインテリアデザイナーの方が作ったんや、という話しは聞かされていました。黒く染色した角材で構成された空間で、すごく雰囲気の良い店でしたね。知らず知らずのうちにですが、10代の頃から野井さんのデザインの中で過ごしてたんやなあ、と思うと感慨深いものがあります。


Photo by Akemi Katsuno (Love the Life)

野井:振り返ってみると、大阪の北の方にはわりと縁があるのかな、と思います。万博(1970)もそうですね。当時はアフリカのガボンという国のパビリオンの小間装飾の現場に行ってました。

河上:そちらの壁の上の方にあるのは豊中の「チャーリーブラウン」(1981/*04)のドローイングです(下の写真左)。これはレストラン&バーですね。店の前の通りが通称ロマンチック街道と言われてまして、お洒落なカフェとかバーがずらっと並んでるんです。ドライブコースにあって、店も駐車場も広かったんで、車の免許取り立ての20代前半の頃によく遊びに行ってました。

野井:車は60台くらいは置けましたね。

河上:これも野井さんは建物からデザインなさったんですか?

野井:そうです。僕は原案を作って、オーナーの知り合いだった建築家の方に法的なことはお任せして、インテリアは全てデザインしてます。

河上:橋本さん、「チャーリーブラウン」についてはどうでしょう。


Photo (Left) by Akemi Katsuno (Love the Life) / Photo (Right) by Seiryo Yamada

橋本:オープンしたのが20代前半の頃で、当時みんなで呑みに行く場所はここに集中してましたね。僕にとって最初の野井さんのイメージが「チャーリーブラウン」なんですよ。こんな感じの空間を作らはるんやなあって。
ちょっと話しが飛ぶんですが、その数年後にバー「1」(1986/*05)を見て衝撃を受けたんです(上の写真右)。今で言う東心斎橋の地下にありました。厚手の和紙を二重に吊っただけのバーで、そんなに広くないんですけど、野井さんのイメージが急激に変わった店ですね。ここから野井さんは今みたいにならはったんちがうかなあと僕は思ってます。80年代ってこういう感覚のものがどんどん出てきた時代で、内田繁さん(*06)とか、スーパーポテト(*07)とか、いろんな方から刺激を受けました。濃かったなあと思います。
当時は大阪市内でけっこう呑んでいて、野井さんのバーには何軒も行きました。後で知ったものもありますが。「1」のちょっと前までは、野井さんの色と言えばダークブラウンという印象でした。ナラの染色かな。そういう店がけっこうありました。「上野」(1984/*08)もそのひとつですね(下の写真左)。お酒のことをまだよく知らない頃に一人で行って、マスターに怒られた記憶があります。何を注文すんのんや、みたいに言われて。

野井:「上野」の照明は間接光ですね。梁とボトル棚の裏側に光源があって、壁はEP(水性塗料)のローラー掛けで、やわらかい光がふわっと出るようにしたんです。直接当ててる光はほとんど無かったと思います。壁側にある真鍮のパイプは小さなテーブルを乗せられるようになっていて、グラスが2本ちょうど並びます。立ち呑みする時に要るやろうと思って。今はこういう落ち着いた雰囲気のバーがだいぶ減りましたね。
シンプルな中にもほっとする何かを感じさせる空間、というものを最初に意識したのは、先ほど橋本さんが言われたように、「1」辺りからかもしれません。それまでは要望に応じてわりとコマーシャルなデザインをしてました。
「チャーリーブラウン」はアメリカのバーをイメージして作ったんです。ちょっとカントリーっぽい雰囲気ですね。昔、西部劇の映画をよく見ていて、そこからヒントを得てます。板張りで、長いカウンターで、グラスをすーっと滑らしてぱっと握る、っていう。


Photo by Seiryo Yamada

河上:この写真は「風詩の教会」(2000/*09)ですね(上の写真右)。吹田の万博公園の中にある迎賓館がいま結婚式場になっていて、内装とこのチャペルを野井さんがデザインされています。実は僕はここで5年前に結婚式をあげさせていただきました。野井さんに主賓の挨拶をしていただいて、乾杯の音頭を橋本さんに取っていただきました。思い出深い場所なんです。野井さんにはこのチャペルのデザインのことを絡めたお話をしていただいて、感動しました。

野井:そこにあるのが平面図です。なんか虫のようにも見えますけど、この形は船から連想しました。横にはみ出てる補強梁がオールです。たしか、ここから船出する、といった意味からこんなかたちが生まれたんだと思います。これも建物については原案をやって、建築家の方に図面を描いていただいてます。迎賓館はもともと帝国ホテルが経営してたんですが、大阪ガスが買い取って結婚式場にしたんですね。

河上:こちらには「菊一堂」高槻店(1990/*10)のドローイングがありますね(下の写真左)。下から二番目の絵がすごく面白いんです。

野井:一番最初の発想の源になってる絵です。「菊一堂」は帝塚山のケーキ屋さんで、このときは郊外型のケーキショップとレストランの複合店をやろうということでした。

河上:デコレーションケーキですよね、これ。

野井:ナイフを入れたところが入口になってます。一番上は営業している雰囲気を描いた絵です。その下が光と影の関係を描いたもので、その下は内外装が全て完成した状態ですね。そういう順番で描いてます。一番下はバーコーナーのテーブル席の雰囲気を描いた絵です。


Photo (Left) by Akemi Katsuno (Love the Life) / Photo (Right) by Seiryo Yamada

この写真は千里中央の日立ショールーム「フォワイエ」(1991/*11)です(上の写真右)。セルシー(複合商業施設)にモノレールの駅がありますね。あの横にあるビルの2階です。芋虫みたいなソファを作りましたね。これはけっこう座り心地がよかったです。

河上:かなり大きいソファですね。脚がいっぱい見えます。

野井:ばーっと動いていきそうな感じなんです。

河上:このショールームは今もあるんですか?

野井:無くなりました。今日は無くなったのが多いんです。

河上:そうですか…。北摂、もうちょっと残さないとダメですね。