Photo by Akemi Katsuno (Love the Life)
03. 酒場のデザイン

河上:北摂以外ですと、僕は「ボンバール江戸堀」(1992/*12)にちょくちょく行っています(下の写真左)。

野井:ここはいろんな人行ってくれてはるみたいですね。西区のあの辺は設計事務所とかデザイン事務所が多いんで、そういう人たちが集まるバーになってます。

河上:これも古いですよね。

野井:もう20年以上前ですか。お金が無いんですけどなんとか作れますか、というところからスタートしたバーですね。使った木は全部下地材なんです。上の方にあるのは積層材で、即興で現場組みしました。壁は合板で、ノコ目をまず入れて、ノミでばーんと突いて穴をあけたり飛ばしたりして、裏から照明を入れたんです。

河上:光の出方がすごく綺麗なんです。ぜひ皆さんに実際に見てただきたいですね。

野井:壁の一部は亜鉛メッキ、昔で言うブリキを合板に貼って、上からサンドペーパーでななめにこすってます。照明を当てるとこういう筋がさーっと走るんです。

河上:ここには橋本さんもかなり行かれますよね

橋本:この店に行く時はけっこう酔ってるんで記憶が無いですね。
(会場笑)

野井:夜遅うまであいてるんですね。で、あける時間がまた遅いんです。8時くらい。

橋本:入っても店の人が誰も居れへん時がけっこうあるんです。


Photo by Seiryo Yamada

野井:わりとのんびりしたオーナーでね。
これは芦屋の「レフトアローン」(1982/*13)っていうジャズバーです(上の写真右2枚)。国道43号線の脇にありました。ビニールテントを上からばさーっとかけて、風で飛ばんようにロープでびゅーっと引っ張って固定してるんです。大雨とか台風の時は吹き飛ばされそうな、仮設レストランみたいな感じですけど、けっこう流行ってたんです。この写真は増築オープンの時に撮ったもので、外壁に巨大なリボンが付いてます(*14)。何年か経ったら雨がばーっと漏るようになってきて、これもジャズやなあ、なんか言って誤魔化してましたね。

橋本:この店にも当時すごく刺激を受けました。僕が独立前にお世話になった事務所は、わりと線の細いデザインをするところやったんです。反対に「レフトアローン」のデザインはけっこう骨太な構成で、ファサードなんかインテリアデザイナーと言うよりクリスト(*15)みたいですよね。あの頃にこの店を見ることができて良かったなあ、と今になって思います。


Photo by Kanemitsu Ajisaka (SKKY)

野井:さっきの写真に臼が写ってましたが、ここで正月前になると餅つき大会やったんです。みんなでよってたかってわーっとお餅ついて、近所のお店とかに配ってまわるんですよ。

河上:この臼はずっとここに置いてあるんでしょうか。

野井:置いてあるんです。普段は水草や花を生けてはりましたね。梁と梁の間にはワイヤーガラスが嵌ってましたけど、それを外して梁の上に傘をぱっとひろげたような感じに寸三を組んでいって、横材で固定して、上からテントを被せたんです。

河上:後に移転した「レフトアローン」(1989/*16)の写真も見てみましょう(下の写真左2枚)。ここも僕の大好きな空間です。

野井:これは最初から意識的に木を使ったんですね。建物がコンクリートの打ち放しやったんで、音が反響するんですよ。これはライブ向きじゃないな、困ったな、と考えたあげく、木で吸音効果を出そうとしました。 ここはジャズの演奏だけじゃなくて、舞踏家が踊ったり、あるいは渡り廊下から操り人形で演出するとか、多様な表現ができる空間を作ろうと、オーナーと打ち合わせしてこういう格好になったんですね。上の方の照明は「風曜日」みたいに現場で和紙を張って、中に竹をびゅーっと通して、ランプをつけたんですけど、よう考えたら切れたときの交換どないすんねん、ということになって。

河上:どないしてはるんですか?

野井:ほったらかしですね。
(会場笑)
だけど不思議とね、何個かはまだ点いてるんです。大半は消えてますけど、全部切れるまで待ってどうにかしようと。メーカーさんに話しを聞くと、こんな長持ちするランプあるねんなあ、不思議やなあ、って笑ってました。 ここは有名なミュージシャンがお忍びでよく来てたらしいです。今もそうかもしれません。山下洋輔さんもお忍びで演奏してくれたそうです。


Photo by Seiryo Yamada

河上:あちらに模型のある「志村や」(2006/*17)には僕はまだ行ったことがないんです(上の写真右)。東京の店ですね。

野井:地下鉄半蔵門線の水天宮前という駅から3分くらいのところにあります。カウンターに穴開けて、床から木を通して、天井までぼーんとつけました。

河上:僕全部杉ですよね、これ。

野井:そうです。オーナーが日本全国スギダラケ倶楽部(*18)というところの会員になっておられて、材料が安く手に入るということやったんです。野井さんも入りませんか、って言われたんですけど、ちょっと考えさせて下さい、ってことにして。

河上:入ってないんですか。
(会場笑)

野井:でも床、天井、壁、全部杉の板張りです。カウンターも杉の90角材をずらっと並べて作ったんですけど、このあいだ行ったらカウンター全体がずいぶん痩せてたんで一本足しました。前後からボルトとナットでぐーっと締めてるんですよ。

河上:「川名」(1992/*19)については橋本さんからもいろいろとお話が聞けそうですが(下の写真左)。

橋本:「志村や」にも行きましたよ。すっごく繁盛して、賑わっていたのを憶えています。「川名」には3ヶ月くらい前に行きました。オーナーの持っている雰囲気のせいもあってか、あったかいのに適度な緊張感があるんですね。この周辺には野井さんがデザインされたバーが何軒かあるので、いつも、まわりまわって、という感じです。ミナミはバーのオーナー同士の独特な仲間意識があるところですよね。キタのバーとは違う世界があるんです。正直、一見さんが入り辛い店もあるんですが、仲良くなるとどっぷりと。

河上:法善寺とかは特にそうですよね。さっき野井さんが仰られた、半ボトですか、その効果が出ているのがこの写真のカウンターバックです。

野井:完成してから2日にいっぺんくらい呑みに行ったんですけど、そのたびに表情が変わるのが面白かったです。完璧に自分の思ってたようにはいかなかったけれども、意外と暴れてくれて、1ヶ月くらいは止まらなかったですね。

河上:本来仕上げに使う材料ではないものを使って、こういったデザインを作り出されるのがすごいと思います。

野井:僕が木工所に行って石膏を塗ったんで、その塗装費は塗装屋さんの費用には含まれてないんですね。
法善寺は一回爆発事故があったでしょ。あれで屋根の片側が吹き飛ばされたんです。延焼を受けたんですよ。消防隊が来て屋根から侵入したらしいんですが、もうボトボトになって、水圧でほとんどの造作が床に落ちたんです。今はそれをもう一回つけ直してます。写真は事故の前に撮ったものです。

河上:事故後に変わったところはありますか?

野井:ほとんど一緒です。


Photo by Seiryo Yamada

橋本:ここから少し歩いたところのバー「九」(1993/*20)も野井さんのデザインですね(上の写真右)。

野井:アメリカ村の方でした。これは広葉樹、硬い木ばっかり使ってます。ワトコオイル(木材用塗料)くらいは塗ったんですけど、ほとんど素地に近いです。

河上:いろんな木材を使ってますね。

野井:カウンターはブビンガというアフリカ産の硬い木です。大工さんが嫌がる木ですね。外壁は全部鉄板です。ある日行ったらこれが茶色になってたんですよ。ビルのオーナーさんが水槽と間違えて錆び止めの塗装をしてしまったんです。後でヤスリをかけて落としました。この店も残念ながらもう無くなって、オーナーは別のところでやってはります。