Photo by Kanemitsu Ajisaka (SKKY)
04. 分かち合うためのスケール

小泉:ゆっくりものを作るとか、間を大事にすることと同時に、スケールのこともあると思うんですね。たとえば野井さんは事務所が野井さん一人だったり少人数だったり、クライアントも多くが個人だったりして、スケールが小さいですよね。そこは意識されてるんでしょうか?結果的なものなんでしょうか?

野井:分かち合いたいんで。正直にお互いに理解し合いたいというか。できるだけ一対一の環境にするのが僕の理想なんですね。企業だと担当者がいて上役がいて、ずーっと辿っていって最後に判子が要るというところで変更があったりとか、そういう世界は苦手なんですね。

小泉:結局愛情が持てなくなりますもんね。

野井:持てないですね。関係できないですね。

小泉:事務所のスケールについては、たとえば僕らの同世代の仲間でも、最初一人だったのがあっという間に増えて、20人、30人になっていたりすることがあります。デザイナーって仕事が増えると人を増やして規模を大きくして、というのが多いじゃないですか。野井さんがそうせずに、あるスケールを守っているのは、意思があってのことなんでしょうか。

野井:デザインを生み出すにはどういう環境がいいのかと考えると、いかに自分を表現できるかが大事になるんかな、と思うんです。自分の表現をより豊かにするためにスタッフを増やすことはあっても、最終的には自分が見届けることを考えると、あまり多くは必要ないんじゃないかな、と思うんです。

小泉:すごく同感なんです。ものづくりの世界で言うと分業と同じじゃないですか。焼き物だと土をつくる人がいて、練る人がいて、かたちをつくる人がいて、焼く人がいて、っていう各々のプロフェッショナルで仕事が成り立っている。あくまでも個が強くなくちゃいけない世界ですよね。たとえば土をつくる人が何人もいたら、仕事が適当になるかもしれない。自分だけにしか分からない感覚が伝わらなくなるし、個性も無くなってきますよね。

野井:人が多くなると自分では分からないところで妥協されていることが多々ありますよね。そうなると怖いでしょ。そんなことで苦労するくらいなら、自分一人で出来る範囲で止めておいたほうがいいのかなと。簡単に言えば欲張らないことですね。


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小泉:僕らより先輩でそう言うスタンスの方って本当に野井さんくらいしか居なくて、みんなだいたい事務所が大きくなって、規模の大きなことはできるけれども、ものとしての強度がなくなってゆくことが多い。野井さんがそのスタンスで作っているものって、いつまでも強さがありますよね。強いっていうのは単純なことじゃないんですよ。意思の強さみたいなものがそこにはあるんじゃないかなと。
30年くらい前にどんな職に就くかと考えた時に、とにかくデザイナーのことを知りたくて、4人の方の事務所のどこかに行きたいと思ったんですね。一人が倉俣史朗さん、もう一人が三橋いく代さん(*23)、あと僕が弟子入りしたところと野井さんだったんです。でも野井さんは大阪なので行けない、倉俣さんはわけがわからなそうだな、と思って、残ったお二人のうちの一方のところに行ったんですね。それから6年勤めて独立して、とにかくすぐにその時の方々に会いたいと思ったんですが、倉俣さんはもう亡くなってて、三橋さんはご病気になられていました。それで友達の縁で野井さんに会いに来たのが二十何年前なんです。
その時、実は恐くて恐くてしょうがなかったんですよ。いつも商店建築(雑誌)を読んでると、たとえば内田繁さん(*24)の事務所だと担当の方の名前が何人も出てるんですけど、野井さんは個人の名前だけでいつも出てる。ずーっといい仕事をしてるのに。その恐さですね。そこに自分は立ち入りできないんだろうな、スタッフになんか絶対なれないんだろうな、みたいな恐さを持ってました。

野井:そうですか(笑)。

小泉:会ったらすぐに、呑みに行こうや、って(笑)。野井さんは映画がお好きで、僕は映画をあまり見ないんですけど、その時に嘘をついてしまって。「時間が無くてあまり行ってないんです」って言ったら「時間は作るもんだ」と。「作らないで行かないってことは映画が好きじゃないんだろう」ってはっきり言われて、ああ恐いなって。野井さんには本質をすぐに見られちゃうな、って思うことは会う度にあります。
そんな野井さんのアシスタントをしてた松本さん(*25)に、野井さんの仕事ぶりを客観的にちょっとだけ話してほしいんですよ。何年くらいいらしたんですか。この間独立されたんですよね。

松本:5年半ですね。半年前に独立しました。

小泉:野井さんよりいっぱい仕事やってるって?

松本:それは嘘です。
(会場笑)
僕は設計施工会社の施工部隊に居まして、六本木のアクシスギャラリーでの展覧会(*26)の施工のお話しを野井さんからいただいたのが出会いだったんですね。その時、僕はもう会社を辞めることが決まってまして、その後について野井さんに相談したんです。それで「やってみるか」と言われて、25の時にお世話になることになりました。
入って一週間めくらいの時に、串焼屋さん(*27)の設計が進んでまして、「ちょっと現場行こか」って言われて行ったら4メートルくらいの丸鋼がぶわーっと置いてあったんです。「とりあえずこれ切っていこか」って言われて、ザンギリっていう鉄を切る工具で全部切って「切りました」って言ったら「ちょっとそっち持っとって」って言われて。

小泉:切るのは適当なんですか?野井さんが何か描くんですか?チョークかなんかで。

松本:「そっからそこまでいこか」みたいな感じですね。

小泉:あー分かりました。あれですね。細い棒ですよね。

松本:2センチくらいです。

小泉:立体スケッチですね。

松本:インテリアは図面に則って作っていくもんやという固定観念があったんですが、デザイナーという立場の人間が現場で手仕事をすることで、すごく人間らしい空間になってゆくのをその時に初めて体験しました。

小泉:いきなり現場で作らされたんですね。でも野井さんのデザインされる店には繊細さがありますよね。全て繊細に納まってる。

松本:もともと頭の中で組み立てられてるからできるんやろうな、と思います。

小泉:その時は図面ってあったんですか。

松本:ちょっとだけですね。数を出すくらいです。

野井:使う材料の数量、それとメンバー(部材寸法)の表を描いて見積もってもらうんですね。あとは手間賃ですね。そうして構築してゆくんです。

小泉:そんな仕事が何件かあったんですか。

松本:そうですね。それこそこの向かいのピッツェリアもそういう感じで、一緒にコーナン(ホームセンター)行って。車の運転どないしょって話しして。
(会場笑)
その時は鰺坂さんにも手伝っていただいて、現場でばーっと組んでいったような感じですね。

小泉:5年半居てどうでしたか。


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松本:本当に楽しかったですね。作ることが仕事となると、どっかで端折るとか、割り切ることが普通ならあると思うんですけど、野井さんは徹底的にひとつのことに向き合っていくわけです。そうした姿勢は常に伝わって来ました。いま独立させてもらって半年ですけど、僕もできるだけ自分の人間臭さと言うか、人間らしさをオーナーさんに分かってもらえるような設計ができたらなと思います。

小泉:そう思うとまた自分を鍛えないといけないですよね。気合いですね(笑)。ありがとうございました。羨ましいですね、野井さんのところで働けたのって。

野井:正面に座ってる益田君(益田裕紀さん)は松本君の同級生で、「志村や」の木を現場で一緒に組んでくれたんですね。若いスタッフが一人必要な時もあるんです。そういう時は同じ体験レベルでやるんですね。俺が現場行くから君は事務所に居といてくれ、とかじゃなくて、一緒になってやる。

小泉:ここに何を置く、とかは野井さんが決定するんですよね。

野井:それはやります。

小泉:「志村や」にしても今の鉄筋の店にしても、自分が現場で作るっていうのは、さっきの手から考えることと一緒ですよね。そうした思考って、いまはなかなかできないのかもしれません。デザイン事務所を構えてる人たちは大抵そういう時間を取らないですよね。

野井:取れないとか言うでしょ。

小泉:取らないだけですよね。

野井:本人がやりたくないんですよね。

小泉:さっきの映画の話しと一緒ですね。
(会場笑)

野井:なんでこんな楽しい仕事を最後まで自分が責任をもってやらないのかなと思って。

小泉:最後まで関わりたくなりますよね。

野井:絶対ですよ。見届けたいですよ。終わってからも、たとえばバーやったら呑みに行きたいですよ。そしたらまたなんか分かるんですよ。あーもう一本足らんかったなあとか、もっとやっといたら良かったなあとか。

小泉:後で足すようなこともあるわけですね。

野井:施主さんに「儲かったらまた追加しましょうね」ってよく言うんですけどね。いま振り返ってみると実現した例は少ないです。
(会場笑)