|
||
小泉:さっき野井さんはリズムと仰ってましたけど、ゆっくり作るって大事ですよね。 野井:間(ま)が要るんですね。 小泉:考える間ですか? 野井:たぶんそうですね。最初に出会いがあって、次に間合いが要ると思うんですね。 小泉:それは人と人との関係みたいなものですね。 野井:最後に気合いなんですよ。 小泉:気合い! 野井:昔、年賀状にその三つの言葉を書いたことがあるんですね。 小泉:出会い、間合い、気合い、ですか。野井さんから気合いって言葉が出るとは。 (会場笑) 野井:いくぞ、って自分にプレッシャーをかけるわけですよ。 小泉:気合いが来るまで間合いが必要だと。 野井:そうそう。 小泉:あー分かりますね。 野井:最初から気合いでいくと期待を裏切られた時にガラガラッと来る場合があるんです。 小泉:お互いにとって間合いが必要なんですね。 野井:若い時はとにかく最初から気合いばっかりでいきましたけど、よく店が潰れたり期待はずれになったりしてたんで。 小泉:作ったものがそうなってしまうことを経験した上で、そう思われたと。 野井:店が長続きしてるって言うのは、喜んでいただけていることが持続しているわけですね。 小泉:持続の秘訣ってあるんですか? 野井:気取らないっていうか、キザに言うと品良くいこうと。誇張し過ぎると長続きしない。下手な役者ほど自分の個性を出そうとするわけです。それがだんだん嫌味になって来る。さりげなく出来るかどうかなんですよね。 小泉:でも野井さんの作る店ってかなり個性的ですよね。個性的なんですけど嫌味が無い。 野井:そうですか。 小泉:例えばプロダクトだと、ここに野井さんのデザインされた椅子(*04)があるじゃないですか。これはとてもコンセプチュアルで、表現に隙が無いと思うんですけど、店の場合は敢えて隙とか余白を意識されてるんではないでしょうか。 野井:ありますね。フッと抜くところが。 小泉:なんで抜くんでしょうね。倉俣史朗さん(*05)みたいに隙がないのもあるじゃないですか。 野井:こうすればシンプルに整理されて綺麗にできる、と言うのは分かるんですよ。でも抜くところが要るのちゃうかなと。それが無いとカッコいいけど息苦しくなる。 小泉:そこに自分が居たら、呑んでたらどうだろうか、ということですね。 野井:想像するわけですね。 小泉:店には隙を作っておくと。野井さんは店のカウンターもいっぱい作られてますけど、距離感とか関係が絶妙だと感じます。 野井:あんまり意識してないですけどね。 小泉:こんなもんかなあ、っていう感じで決めるんですか? 野井:うん、まあ、アバウトですね。ただ板前や料理人がはっきりと自分のリズムで作業なさる場合は、その人の動きとか体型から、距離感とか、断面のかたちや寸法が出てくるんですよ。最近はあまりやらないですけど、昔は発泡スチロールや段ボールで原寸の断面模型を作って、料理人やクライアントに店での仕草を実際にやっててもらうことがありましたね。 小泉:原寸にはこだわりますか?野井さんはほとんどスケッチで見積を取って現場で寸法を決める、なんて話しも聞いたことがありますけど。 野井:そういうやり方もあります。 小泉:僕だと考えられないやり方なんですけど、でも凄く分かりやすいですよね。その場その場で決めていく。一方で僕は野井さんの描くプラン(平面図)がすごく綺麗だな、と思うんです。デザインは絵(ドローイング)から始めるんですか? 野井:プランからじゃなくて絵からいきますね。 小泉:プランにはいつ頃入っていくんでしょう。 野井:最初のアイデアの次の段階ですね。 小泉:最初に現場を見た時、その場で何か感じるんですか? 野井:感じますね。 小泉:最初に現場にはどのくらい居るんですか? 野井:2、3時間くらいですかね。だけどパッと見た時にインスピレーションがあるんですよ。それってわりと当たってることが多いんです。後で試行錯誤することはあるんですけど、大体それが中心になってデザインが成立してゆきますね。 小泉:ここにある絵はほとんど図面を描く前のものですよね。ミース・ファン・デル・ローエ(*06)のプランって構成的な絵みたいじゃないですか。野井さんのプランにも、そこに共通するバランスの良さがあると言いますか、絵になるプランなんですよ。 僕もプランを考えるのが大好きなんですが、バックヤードとか端っこでいいや、と考える場合も普通なら多いと思うんです。でも辻褄が合わなかったら嫌じゃないですか。バックヤードの壁も構成の一部になってないと。この展覧会では野井さんの絵がクローズアップされてるんですけど、野井さんのプランもいつも、美しいな、と思います。 野井:辻褄ということだと、例えば建物の構造上どうしても取れない柱があるでしょ。そしたらその柱をオブジェにしてしまうとか、何か他の機能を与えるとかするんですね。 小泉:この間のバリの仕事(*07)なんか凄いですよね。木の塊みたいな柱にしてましたもんね。 野井:目で見た感覚を置き換えると言うか、目的を変えてしまうくらいにアイデアを足すわけです。 小泉:よくやるインテリアデザインの手法だと、誤魔化す、みたいなのがありますよね。そうじゃなくて、積極的に取り入れていくんですね。 野井:消すんじゃなくて、存在は存在として表現するんです。 小泉:その辺が野井さん流な感じがしますね。あと、奥行き感をすごく気にされてるんじゃないでしょうか。特に小さい店の中でも奥行き感を出すこと。時折、小津安二郎(*08)の映画を見ているような感じがあるんですけど。 野井:そうそう。光と影の関係とか、素材同士の関係とか。要は目線の一番通るところに黒っぽい色彩を持っていってより距離感を見せるとか、側面の壁同士の距離を意図的に狭めるとか。遠いな、と思ってもメジャーで測ると、なんやこんだけなんか、というような。 小泉:奥を大きくする例もありますね。あるいは、無くてもいいものがいきなりあったり。あれも奥行き感ですか。 野井:気分ですかね。たとえばちっさいカウンターがあるとする。今日、東京から志村さん(「志村や」(2006/*09)オーナー・志村幸治さん)が来ておられるんですけど。 小泉:ちょうどあそこに模型がありまして、カウンターに木の角材がいっぱい刺さってますが、あれもそうですよね。無くてもいいもの。あれはもともと柱がひとつあったんでしたっけ。 野井:無かったんです。あれはね、小さい店なんで、お客さんが呑んでるすぐ横にバーテンダーがいてる。あまりにも近過ぎるわけです。そこに一本、柳の木かなんかがあると関係が和らぐわけですね。 小泉:まっすぐでもいいんですけどななめにしてるんですよね。 野井:あえてななめにしてるんです。 小泉:木がずいぶんありますけど、あれはデザインしてるうちに増えていっちゃうんですか? 野井:なんか淋しいな、もう一本いこか、って。まわりとのバランスなんですけどね。そうすると、バーテンダーがその辺に居たはってもなんとか気にならなくなる。 小泉:とくにあそこは路面店で、ガラス張りの入り口があってすぐお店なので、何か無いと気持ち悪いですよね。そういう仕切りにもなってるわけですよね。志村さん、どうですか、邪魔じゃないですか?「志村や」はもう8年になりますか。 野井:東京からわざわざありがとうございます。 小泉:気持ちいい店ですよね。 野井:最初、木の香りがしてたんですよ。香りって大事やな、と思うんです。匂いですね。京都のお香屋さんの店(*10)を作った時も、目には見えないんですけど、香りを聞くって言うんですかね。あっ、お香屋さんや、というね。アプローチの段階から感じ取れるのはすごいインパクトやなと思う。おいしいカレー屋さんとかも、近づいていくとカレーの香りがふうっとしてくる、お腹がすいてるとつい入ってしまう、みたいなね。ななめの木とかもよく考えるとそうしたこととの繋がりが見えて来るんです。 小泉:いまのはななめでランダムに並んでる手法ですけど、垂直にされてる例も多いですよね。業種に合わせて変えたりしてるんですか? 野井:面積を有効にとる場合はななめより垂直に立てた方がええかなと。 小泉:でも志村さんのところはすごく狭いですよね。 (会場笑) 野井:あれはほとんどカウンターの上からですからね。 小泉:そうですね。上にありますよね。 野井:通路にあんなのがあると邪魔になるんですけど。 小泉:例えばジュエリーショップ(*11)で垂直の柱を使われてますよね。ファサードも真っ直ぐだったりして。飲食店じゃない時に垂直の要素が多いような気がするんですけど。 野井:酔うた気分ってあるじゃないですか。素直にシンプルにやるんじゃなくて、ちょっと変えてみたいなと。大阪で言ういちびり精神みたいな、あそびごころみたいなんがあるんですよ。 小泉:今回のタイトルの「あそびごころ」ですね。はじめてなんですよね、本を作られたのが。 野井:本と聞くと、お金がかかるな、と言うのがまずあって、僕はあんまりお金持ってないんで、気持ちがあってもなかなか作れなかったんですね。 小泉:この本にはどんな思いを寄せられたんでしょうか。 野井:自分の持ってる感覚を表現するには、あんまりカッコよくない方法がいいかな、と思って。紙でも印刷技術でも、いちばん素朴って言うんですかね、そんなにお金のかからないやり方がいいと。鰺坂さん(*12)はその辺を分かって作って下さってると思うんです。 小泉:いまのはまさに、本づくりもものづくり、みたいな考えですね。本当は内容についてお聞きしたかったんですけど。 (会場笑) でもそこが野井さんらしいなと思うんです。本をどう作るかということ、大事ですよね。 |
||