Photo by Kanemitsu Ajisaka (SKKY)
01. 誰のためのデザインか

野井:小泉さんと会って話しをするならまず頭からやろと思って、散髪屋行ってきました。
(会場笑)
今回の出版やイベントの経緯を簡単に言いますと、この真向かいにある「スクニッツォ」(2010/*01)と言うピザ屋さんのデザインをやらせていただいたんですけど、中井君(「スクニッツォ」オーナーシェフ・中井茂雄さん)は昔からおつき合いのあった和歌山のクライアントの息子さんなんです。彼が生まれたのはお父さんから「ワンダーランド」(1981/*02)と言う商業施設の設計を依頼された頃なんですよ。親子二代でデザインの仕事が続いたのはすごく幸運なことでした。

小泉:「ワンダーランド」は1981年ですか。30年以上前ですね。

野井:彼の提案で本を作ろうということになりまして、その流れで展覧会もやらせてもらえることになったわけです。それで今日は小泉さんとなに話ししょうかと考えてたんですけど、日頃感じてることでええんちゃうか、と言う感じですね。


Photo by Akemi Katsuno (Love the Life)

小泉:そうですね。野井さんはビールが入らないと始まらないということで、前もって一杯だけいかせていただいてます。

野井:こないだ医者に言われたんは、呑むのはいいけれども必ず水を用意して下さいと。一回倒れてるんです。

小泉:5年くらい前に倒れられましたね。

野井:自宅で倒れて、一ヶ月後に病院でまた倒れまして。病院で倒れたのはラッキーで、すぐ診察室に連れていかれたんですね。ちょうど昔の「ベン・ケーシー」(*03)みたいに。

小泉:たぶん「ベン・ケーシー」を知ってる方はほとんど居ないんじゃないかと。
(会場笑)

野井:テレビのお医者さんのドラマで「ベン・ケーシー」っていうのがあったんですけどね。ベッドで運ばれてて上を見ると廊下の蛍光灯がバーッと通り過ぎてゆく映像がオープニングなんですよ。それと同じような状態で、こんなところに照明があったら眩しいのになあ、と思いながら連れていかれてる。そんな記憶に残る体験が、実は仕事に繋がっているような気もします。

小泉:映像がいつも頭に残ってるんですね。映画もお好きですが、テレビもよく見られてたんですか?

野井:テレビも見ましたね。最近はテレビも映画もそうですけど、映像が早くてどんどん変わっていくんですね。ですから目がついていかない。解釈しようと思ったらもう次の場面に変わってるんですね。こんな忙しい表現ってええのかなあ、と思います。人間て、このくらいのリズムでないとダメだ、と言うラインがあると思うんですね。デザインの表現も、このくらいだったら人に何か感じてもらえるんじゃないかという。

小泉:それは考えてゆくスピードみたいな。

野井:そうそう。

小泉:僕らのやってるインテリアデザインは、家賃が発生してるから早く作ってくれ、なんて言われることが多いですよね。

野井:それはクライアントの事情でしょ。

小泉:仰る通りですね。

野井:クライアントが僕に依頼するということはある程度僕のリズムで進んでいくことを覚悟したはると思うんです。だから、クライアントの事情を無視するわけじゃないけれども、あまり深く考えない方が上手くいくんじゃないかと。

小泉:野井さんのクライアントには、野井さんのそういうペースとか考え方を理解されている方が多いんじゃないでしょうか。上手く行かないケースもあるんですか?

野井:あります。

小泉:それはどう言った事情で。


Photo by Kanemitsu Ajisaka (SKKY)

野井:話してみるとお互い物事に対して感じていることが違うなと。方向がどうも合わない。せっかく依頼されてるんだから期待に応えようとしますけどね。だけど話しをすればするほど食い違いが生まれて来ることがある。これはダメやなと。

小泉:そこで潔くやめられるわけですね。デザインと言う仕事をやっているとなかなか断れないケースが多いと思うんですけど。

野井:本当は仕事が欲しいんですよ。でもこれは深入りすると苦労するなあと。そして最後に分裂した時が怖い。それやったらいまはっきりしとかんとあかんの違うかと冷静になる時があるんですね。

小泉:野井さんと会って二十数年経つんですけど、30になる前くらいですか、ようやく仕事がちょっとずつ来て何でも食らいつこうという時期に野井さんから、仕事の打ち合わせで東京に来てる、と連絡をいただいて。それで呑みに行った時に「仕事はどうですか、いつできるんですか」と聞くと「いやあ、やるかどうか分からん」って、今みたいなことを仰ってました。
当時の僕には全く理解できなくて、それってどんな気持ちなんだろう、と思ったんです。なんかそのことがずっと頭に残ってて。でも40を過ぎると分かるようになって来ちゃいましてね。
店づくりも、クライアントと価値観が共有できるとか、方向性が一緒だとかじゃないと無理ですね。無理をして出来たとしても、結局店が持続しなかったり、大事にしてもらえなかったり。野井さんの店はいつも皆さん大事に使ってますもんね。

野井:長いですね。

小泉:野井さんのそういうところをすごく尊敬してるんです。それを思えば思うほど、僕は店のデザインができなくなって、もう5年前にやめちゃったんですよ。野井さんのせいで。
(会場笑)

野井:小泉さんのデザインするスプーンひとつにしても何にしても、使用する目的と持続する目的と言うのかな、長続きするかたちをデザインされてるのが何となく分かるんですよ。小泉さんの性格がかたちに表れてる。主婦の方とか、若い女性のファンが多くて、羨ましいな、と思っています。

小泉:それは野井さんの方が。でも今日は奥様がいらっしゃるんでその辺はほどほどにして。
(会場笑)
ものを作るって単に作るんじゃなくて、何のために作るのかが大事だと思うんですが、野井さんは誰のためにデザインをされてますか?

野井:(少し考えて)お客さんですね。

小泉:野井さんはいつもお店をそこに来るお客さんのために作ろうとされていると感じますね。店ってクライアントとかお客さんが見えますけど、プロダクトだと見えないんですよ。それもまた手が動かなくなった理由で。それで最近は、作ってる人とやろう、と思ってるんですね。例えばスプーンを作る人のために何かやろうと。